もう一人のおばが亡くなりました。
晩年のおばは、何も話せない、何も食べられない、たくさんの管に命を支えられている、そんな状態の8年を病院のベッドの上で過ごしていました。
今日、久しぶりに対面したおばは、棺の中で、小さく小さくなっていました。
おばにとっては、楽な8年ではなかったと思います。
この8年の間、おばの子供、わたしのいとこにも、悲しいことがありました。
「寂しくなったね。何か私にできることがあったら、何でも教えてね」
と言ったら、いとこは静かにしっとりと涙ぐんで
「ありがとう」
と言いました。
小さい頃から、感情を派手に表現することのなかったいとこでした。
ものが言えない、自分を理解してくれているかどうかもわからない、でも、ぬくもりをもってベッドに横になっている病院のお母さんのそばで、いとこは癒されていたのかもしれないと思いました。
何も言えないけれど、叔母はきっと、いとこの「生きていてほしい」という願いの中で、懸命に生きていたのかもしれないな、と思いました。
誰かの願いが、命をつなぐのだな、と思いました。
(絵、yama-p)(きなこ)
♪写真をクリックしたら、パーキンソンブルーをお聴きいただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=QuLIX1EW9oM
コメントをお書きください
N (金曜日, 13 7月 2018 10:57)
私も今、親戚の葬儀のかえり。加西S A
大きな決定的な別れ。
そして、新たなる親戚縁者との出逢い。
協力。信頼、優しい思いやり、縁で繋がる絆への感謝、伝えあう近況。
様々な想いが入り混じり、
幼少期の遥かな記憶と現在が時空を超えて繋がった2日間でした。
私に出逢ってくださった皆様、
これからも、
ご迷惑をおかけすると思いますが、
どうかよろしくお願いいたします。
きなこ (土曜日, 14 7月 2018 18:39)
Nさん
Nさんにこれからの人生を豊かにしてくれるようなご縁を与えてくださったのは、亡くなったご親戚様の贈り物なのでしょうかね。
同時に、Nさんが、ご自分の人生をきちんと生きてこられて、そういうものを受け取れるだけの人になっていらした、ということなのかも、とも思ったりしながら読ませていただきました。
目の前にあっても、気がつかなかったり、受け止められなかったり、ということもあるように思います。
2日間だけのことでなく、Nさんのこれからの人生をずっと豊かにしてくださるような、すばらしい2日、ほんとうによかったです。
ご親戚様のご冥福を心からお祈りいたします。