患者会の用事で、初めてAさんをお訪ねしました。
Aさんは10代でパーキンソン病になられて、今は60歳を少し過ぎたくらいのお年です。
「介護老人施設」と書かれた看板のかかった建物の自動扉を入ると、受付から若くてきれいな女性が出てくださいました。
「Aさんを訪ねて来た者ですが」と申し上げると
「よく来てくださいましたね」と笑顔で歓迎してくださいました。
病院と施設はまた少しちがうのでしょうか。お見舞いにうかがうと、開口一番、「ご家族ですか?どういうご関係ですか?」という質問が普通のことだったので、びっくりしてうれしい気持ちになりました。
初めてお目にかかったAさんは、華奢で可愛い方でした。
車椅子を操作しながらワンルームのお部屋を移動されるAさんは、お年よりずっと若々しい感じがしました。
Aさんは私たちの訪問を喜んでくださり、私たちはたくさんの話をしました。
ほとんどはAさんがお話しになり、私たちは相づちをうっていました。
この夏の水害で実家は半壊。
そのときの恐怖から、Aさんの高齢のお母さんが歩けなくなられたこと。
少し前まで60キロあったAさんの体重は今は40キロを割ってしまったこと…等々。
お話の中身は、どんなにお辛いだろうと思うことがほとんどでしたが、鳥がさえずるようなAさんのお声を聞いていると、不思議なくらい陰鬱な気持ちになりませんでした。
「歌は、どんなに暗い内容の歌も、明るい声で歌わないいけないんだって。
「チャンチキオケサ」って歌を知ってる?
三波春夫は明るく歌っていたけど、歌詞を聴いたらずいぶん暗い歌よ。」
そんな話をしてくれたのは、声楽を習っている友人でした。
それはとても難しいことだなあと思いながら聞いたのを覚えています。
歌うことと話すことは違うのかもしれませんが、Aさんが明るく話すことができるのは、パーキンソン病患者として50年を「よく生きて」こられたからだろうか、それとも持って生まれた美徳だろうかと考えたりしながら、Aさんとご一緒したあたたかいひとときを思い出しています。
(写真、ジュリエットさん)(きなこ)
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しゅうじ (月曜日, 31 12月 2018 14:38)
もしAさんがこのお話しを読まれたら、どんな感想をもたれれるか、きっと喜ばれるに違いない、そう思いました。また、わたしもこんなふうによりそうことができるようになりたいなと思いました。
2018年お疲れ様でした。2019年頑張りたいと思います。良いお年をお迎えくださいませ。
きなこ (火曜日, 01 1月 2019 16:22)
しゅうじさん、あけましておめでとうございます。
新年一番、お年玉をいただいた気分です。(お年玉をもらわなくなって、何十年になるでしょう!)
ありがとうございますね。
Aさんとの時間は、ほんとうにたのしかったんです。
あの時、お土産に、Aさんが作られたしおりをいただきました。
白い画用紙に、着物の女の子が一人たっている様子を、色紙で折って貼り付けたしおりです。
あげる、と言ってくださって、うれしくて見たら、ほっぺたに、ほんのりと紅がさしてあります。
かわいいほっぺたですね、と言ったら、「綿棒の先に、朱肉をつけて、それで色をつけているの」と言われました。
Aさんのベッドの上には、作業中だったのか、はさみで切りかけたたくさんの色紙が散らばっていました。
後日Aさんにしおりをいただいたことを別の人に話したら、
「Aさんはいつもみんなにしおりをくださるんよ」
とのことでした。
しおりは、わたしの運転席の前に置いていて、それを見るたびに、Aさんは今日もしおりを作っていらっしゃるかなあ、と思います。
うれしいような、ちょっと切ないような気持ちになっています。
しゅうじさん、コメント、ありがとうございますね。
2019年、しゅうじさんにも、うれしいことがたくさんありますように!
しゅうじ (金曜日, 04 1月 2019 07:53)
きなこさん、げんきさん
あけましておめでとうございます。
Aさんのしおり、生きている証ですね。2019年、私も私の生きている証に愚直に向き合っていきます。
P.S. 「ただひたすら団扇振りな日々」にたくさんコメントすると、うれしいことがたくさんありますよ!
げんき (金曜日, 04 1月 2019 23:11)
しゅうじさん
あけましておめでとうございます。
私も愚直という言葉が好きです。
今年もよろしくお願いします。